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蝋梅の花3
ちょっとおためしに載せてみます。

空の私小説の続きです。







月みたいな子だなぁ。それが第一印象。



「日向、そこに水をやっておいてくれ」
「あーうん。そう言えば佐伯、ここに何か植えたの?」
「帝都から持ってきた球根を。水さえ欠かさなければ放っておいても咲くと聞いたから楽だと思って」

家の庭の一角に、小さな花壇がある。
冬の今の時期はがらんとした寂しい一角だけれど、そこにぽつぽつと青々とした葉が茂っていた。
覗き込んだけれど、蕾すらまだ見えない。

「これ、花が咲くの?」
「ああ」
「へぇ、楽しみだね」

佐伯は縁側に上がり、ガラガラと雨戸を閉める。
日が暮れた庭はすっかり冷え込んでいる。数日前に降った雪がまだ所々に残っていて、
広い庭に冷たい空気が流れる。

はぁ、と手に息を吐きかける。
真っ白い息が手を包むように吐き出されたけれど、すぐに消えてしまった。

「終わったか、閉めるぞ」
「んー……」

しゃがんでいた足を伸ばし、水桶を井戸に戻す。空を見上げると、今日は満月だった。

「見て、今日は満月だね。道理で明るいと思った」

のろのろしている僕に、急かすことを諦めたのか佐伯は黙って縁側に腰掛け空を見上げた。
1人で中に入って行かないのは、彼の優しさなのだと知っている。

言うべきか迷った。でも、伝えないわけにはいかなかった。

「……ねえ」
「ん」


「あの時も、こんな風に一緒に空を見たね。圭くん」

振り返った僕の目に映る、蒼白になった佐伯。
月明かりに照らされた彼はとても綺麗だった。
冴え冴えとした白磁の美貌。

出会った頃から、何も変わっていない。
圭友は綺麗で、そして本当に優しい人だった。



僕の作りだした沢山の罪を、共に背負ってくれた人。







16歳。それまで築き上げてきたすべてが崩れ、すべてを失い、そして。
“僕”が、“私”として生きることを辞めたのも、あの年だった。


佐伯圭友は私の3人目の家族だ。
詠吾さんが私の身の回りの世話のために雇ってくれた(当時はそう聞いていた)
彼は1つ年下の、暁院出身ではなかったがとても頭がよく、そして、
同じように親のいない子供だった。

彼は暁院にいた同年代の誰よりも「きれいな」子で。
抜けるような白い肌、知性を感じさせる整った顔立ち。
道を歩けば男女の別なく振り返るような、でも、そんな彼は最初、
私のことが嫌いなようだった。
そっけなく口数少ない言葉とともに投げつけられる、冷たい視線。

当然だろう。
なにも知らなかったは私だけ。
彼にとって私は、"火薬”という武器を使って人を傷つける元を生み出す
犯罪者に過ぎず、私の傍にいるのは仕事以外の何物でもなかったから。

でも、そっけなかったけれど、彼が優しい人であるのはやがてすぐに分かった。
最初の頃、私の昼夜のない生活態度を厳しい言葉で叱りつけてくれたのだ。

(人は日の光とともに生きるべきです。あなたのように夕方まで起きてこない、
朝日が出る頃に眠るような生活など身体にも心にも良くないに決まっています。
忙しいのは分かりますが、規則正しい生活をしなさい)

そんな風に怒られたのは初めてだったから、最初は驚いて委縮してしまったけれど。
食事をとりなさい、朝は起きなさい。そっけなく投げかけられる言葉の裏にある、
分かりにくいけれど確かに暖かい『なにか』に気づいてからは、彼に甘えるようになった。

規則正しい生活って、どうすればいいの?お部屋の片づけ方を教えて、
お茶はどう入れるの?ご飯はどう作ればいいの?
たくさんのことを彼に聞いたし、なにも知らない自分に驚いたりもした。
でも彼に何かを聞くことは楽しかったし、そんな相手は楓と蛍以外では初めてだった。

最初は戸惑っていた様子の圭友も、どういう心境の変化があったのか分からないけれど、
本当に少しずつ、少しずつ、私に笑顔を見せてくれるようになっていった。

初めて笑顔を見せてくれた時のことを覚えている。
月の光に照らされた睡蓮の花のような、とても儚くて綺麗な笑顔なぁと思った。
なにかに申し訳ないというような顔をして、すぐに笑顔を引っ込めてしまったけれど、
忘れることはできない。



「楓、圭くんにオートスリングあげたんだって?」
「あー、そうそう!あいつ運動神経抜群でさぁ~、使いこなしちゃったの!
あれを!僕と空の2人でも使えなかったあれを!」

顔がいいうえ器用で頭いいとはどういうことだ!?と笑いながら言う楓。
楓は仕事で圭くんとも面識があるのだそうだ。

オートスリングとは皮手袋の仕掛け武器で、内部に仕込んだ強力なスプリングの力を
利用して頑丈な鋼糸を飛び出させるという道具だ。敵を捕えたり逃亡の補助をしたりする
(予定の)私と楓の妄想の傑作で、自信作ではあったが扱いが大変難しく放置していた
「玩具」の一つだった。

「へえ、すごい!」
「眠らせておくのももったいないっしょ」

そう言って笑う楓だったが、久しぶりに見るその横顔はどこか疲れていた。
楓も私も、日々の仕事はどんどん増えていく一方で、こうして会える機会も
格段に減っていた。

「ねえ、楓……蛍は?今日来れるって言ってたよね?」

蛍とはもう半年近く会っていない。
大学4年になった彼女は、私の家にもほとんど顔を出してくれることはなかった。
卒業研究に忙しいのだとは聞いていたけれど、愛しい人に会えない日々はとても寂しく、
辛いもので。だからこそ、今日はとても楽しみにしていたのだ。

「ああ……姉ちゃん、急に学会に出席することになっちまってさ。
お前に謝っておいてくれっていっていたよ。大学の研究が忙しいようなんだ。
なんでも優秀な同期がいて、そいつと組んで発表した薬が評判らしくってさ。
モルヒネ、って知ってるか?」
「もるひね?」
「痛みを感じなくさせる薬、なんだってさ。苦しんでる人をたくさん救える、って言ってた」
「すごいね。さすが蛍だなぁ」

私は無邪気に蛍の功績に感心する。けれど、楓の表情は晴れなかった。

「姉ちゃん……最近、おかしいんだ。全然帰ってこないしさ」
「え?」
「……いや、なんでもねえ。きっと姉ちゃんも疲れてんだろ。来月には少し落ち着くから、
そうしたらまた3人で花でも見に行こうぜ」

今の時期だったらきっと、暁院の蝋梅が満開だ。そう言って笑う楓の笑顔。
懐かしい、僕らの出会ったあの場所。

「うん、約束だよ」

私はそう言って楓に小指を差し出す。ニッと笑って楓は小指を絡ませる。

「おう、約束、だ!」



けれど。僕らは結局、一緒に蝋梅の花を見ることはできなかった。
楓と約束してからたった一週間後。どんなに願っても取り戻せない
あの悪夢のような夜は、唐突にやってきた。






佐伯 圭友くんに出演頂きました、ありがとうございます。
by limelight110ai | 2012-02-27 19:01 | カレイド小説

日々の事、SNSのこと、雑多です。
by limelight110ai
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